大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和24年(新を)513号 判決

控訴人 被告人 李秀雄

弁護人 福田力之助

検察官 渡辺要関与

主文

原判決を破棄する。

本件を千葉地方裁判所木更津支部に差戻す。

理由

本件控訴の趣意は末尾に添付してある弁護人福田力之助作成名義控訴趣意書と題する書面記載の通りである。これに対し当裁判所は左の如く判断する。

論旨第一点について。

本件起訴状には被告人の犯罪事実の二として、被告人は昭和二十四年三月六日午前八時半頃自宅土間において同市警察署巡査酒巻豊外数名の司法警察職員が被告人が密造した容疑ある密造濁酒入樽数個を現認し現行犯証拠品として直に差押押收手続をしようとした折これが執行を免脱する目的を以て突然鉈で樽を壞したり又は横倒しにしたりして中にあつた濁酒約六斗を放出せしめ以て差押、押收の執行を妨害したと記載してあり原判決も同様の認定をしてこれを刑法第九十六条の二に問擬している。しかしながら右第九十六条の二の訴因である犯罪事実は債権を保護するためその強制執行を免るる目的を以て財産を損壞する等の行為を処罰するのであるからその前提として保護せらるべき債権の存在すること及びその民事訴訟法による強制執行の施行せらるべきことを必要とするが原判決挙示の証拠によるもその他全記録を精査するも左様な事実は認められないから原判決は破棄せらるべきである。巳にこの点において原判決を破棄する以上爾余の論旨に対する判断は不必要であるから省略する。次に本件を自判すべきか差戻すべきかについて考察する。前説明の如く起訴状の二の記載の事実は犯罪の証明がないのであるが右記載の事実中酒卷巡査等が密造の現行犯ありとして密造濁酒入樽を差押えしようとした時被告人は突然鉈を以て樽を破壞する等の行動に出たことは認められるから若し被告人において酒卷巡査等に対し暴行又は脅迫を加えた事実がありとすれば刑法第九十五条の訴因が成立する訳である。しかして右暴行を加えることは必ずしも直接たることを要せず間接の暴行でも足りる。間接の暴行とは直接には物に対して暴行が加えられるのであるが延いてこれが身体に物理的に感応する底のものをいうのである。刑法第九十六条の二の犯罪と同第九十五条の犯罪とは訴因は異なるが同一事実の範囲に属するものと認められるから訴因の変更又は予備的追加を命じ検察官においてこれに応じなければそれ迄であるが若し検察官においてこれに応じ右差押に際し直接又は間接の暴行若しくは脅迫ありとして刑法第九十五条の訴因を維持するならばこの訴因について審理を為し弁論を尽くして裁判すべきものである。これ等の手続は当審で為すのが適切でないから本件は原審に差戻し原審をして右措置を為さしむべきを相当とする。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条第四百条本文に従つて主文の如く判決する。

(裁判長判事 吉田常次郎 判事 保持道信 判事 鈴木勇)

控訴趣意書

第一点原判決は公訴事実の第二で被告人が「昭和二十四年三月六日午前八時半頃自宅土間に於て同市警察署巡査酒卷豊外数名の司法警察員が被告人が密造した容疑ある右密造酒入樽数個を現認し現行犯証拠品として直に差押押收手続をしようとした折此れが執行を免脱する目的を以て突如鉈で樽を壞したり又は横倒しにしたりして中にあつた右濁酒約六斗を放出せしめ以て差押押收の執行を妨害したものである」と判示し刑法第九十六条の二を適用処断した。而し乍ら(一)本件酒卷巡査等の所謂差押押收の手続は適法な搜索状及押收状が発せられていない。(二)本件は刑事訴訟法第二百二十条第一項によつて現行犯人を逮捕した場合でもないし、又酒税法違反は間接国税反則処分法によつて税務官吏から証拠隠滅又は逃走の虞があるとして告発を受けない以上現行犯人として直ちに逮捕することは出来ないと考える。証人の花沢義雄、斎藤実の証言を調査しても告発については何等述べていない。更に記録中の告発書添付の犯則事件取調顛末書(記録二二丁)を見ると昭和二十四年三月六日午後四時三十分に犯則者を取調べた旨の記載がある。従つて本件は告発のないのに所謂現行犯処分として押收差押を執行しようとした事になる。(三)以上の理由で判示酒卷巡査等の行為は刑法第九十六条の二の「強制執行」には該当しない。又被告人が同条の「強制執行を免るる目的」で判示のような行為に出たという証拠もない。従つて原判決には事実誤認があると同時に理由不備の違法があるから之を破棄すべきものであると信ずる。(他の論旨は省略する)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例